東京地方裁判所 昭和41年(ワ)764号 判決 1968年1月24日
原告 武市三子
被告 野崎たま 外二名
主文
1 被告野崎たまは原告に対し別紙目録<省略>の建物について東京法務局足立出張所昭和参七年七月拾日受付第壱五弐参八号をもつて都民信用組合のためになされ、同出張所昭和四拾年七月弐壱日受付第壱九四弐九号をもつて原告のためにその移転の付記登記がなされた所有権移転仮登記に基き昭和四壱年壱月弐七日の代物弁済を原因とする所有権移転の本登記手続をせよ。
2 被告らは原告に対し別紙目録の建物の明渡をせよ。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
事実
第一当事者双方の求める裁判
一 原告
「主文同旨の判決」
二 被告ら
「原告の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決
第二原告の請求原因
一 訴外都民信用組合は昭和三七年七月九日被告野崎たまとの間に右両者間の手形貸付、手形割引契約に基き生ずる同被告の限度一〇〇万円(昭和三八年二月六日一五〇万円と変更)の債務の弁済にあてるため、同被告所有の別紙目録の建物(以下、本件建物という。)を目的とし、同被告が右債務の支払を遅滞したときは都民信用組合が完結権を有する代物弁済の一方の予約をし、翌一〇日東京法務局足立出張所受付第一五二三八号をもつて右代物弁済の予約に基き本件建物につき所有権移転仮登記を経由した。
二 被告野崎たまは右契約に基き都民信用組合より逐次貸付を受け、その額は昭和三九年一〇月三〇日一、八四九、八〇〇円となつた。
三 原告、都民信用組合および被告野崎たまの代理人被告土井信義の三者は同日被告野崎たまの都民信用組合に対する前記契約に基く債務額が一、八四九、八〇〇円であることを確認し、原告において右被告に代つて右債務を弁済することを合意した。
原告は昭和四〇年七月一〇日までに都民信用組合に対し右債務を完済した。
そこで原告は被告野崎たまに対し、同被告に対する右資金一、八四九、八〇〇円と、同被告が右貸金を弁済しないときは、その債務の履行に代えて本件建物の所有権を取得することができる前記代物弁済の予約に基く権利を取得し、原告のため昭和四〇年七月二一日東京法務局足立出張所受付第一九四二九号をもつて前記所有権移転仮登記について権利移転の付記登記を経由した。
四 原告はその後被告野崎たまに対し右貸金の支払を催告し、昭和四一年一月二六日書面で同被告に対し前記代物弁済の予約に基く完結の意思表示をし、右書面は翌二七日同被告に到達した。
以上により原告は本件建物の所有権を取得した。
五 被告らはいずれも本件建物に居住して占有している。
六 よつて、原告は被告野崎たまに対し前記仮登記に基き昭和四一年一月二七日代物弁済を原因とする本件建物の所有権移転の本登記手続と被告らに対し本件建物の明渡を求める。
第三請求原因事実に対する被告の認否
一 請求原因第一項の事実は認める。
二 同第三項のうち原告主張の仮登記の付記登記がなされたことは認める。
三 同第四項のうち原告が被告野崎たまに対し原告主張の意思表示をしたことは認める。
四 その余の原告の請求原因事実は争う。
第四被告らの抗弁
一 本件代物弁済の予約完結の意思表示がなされた際の本建物の時価は四〇〇万円であるから、これをもつて一、八四九、八〇〇円の債務の代物弁済とすることは価値の権衡から見てあまりにも不当であり、原告が被告野崎たまに対してした本件代物弁の予約完結の意思表示は権利の濫用により無効である。
二 本件代物弁済の予約はその完結時における本件建物の価格が債務額を上廻る場合はその差額を返還ずべき清算的性質を有するものとして合意されたものである。
仮に原告が都民信用組合に弁済した額を一九〇万円とし、昭和三九年一〇月三一日から代物弁済の予約完結時までの被告野崎たまと右信用組合との契約に基く日歩六銭の割合による遅延利息を含めるとその合計は一、九五五、一七六円となる。しかるに右代物弁済完結時の本件建物の時価は四〇〇万円であるから、その差額二、〇四四、八二四円は原告から被告野崎たまに対し返還されるべきものである。右の原告の差額返還義務と被告野崎たまの本件建物の所有権移転登記と引渡義務は同時履行の関係に立つものであるから、同被告は右金員の返還を受けるまで原告の求める登記手続と明渡を拒むものである。
被告土井両名は被告野崎の同意を得て、本件建物を占有するものである。
第五抗弁事実に対する原告の認否
被告らの抗弁事実はいずれも否認する。
第六原告の再抗弁(同時履行の抗弁に対する。)
一 原告は被告野崎たまに対し次の事実に基き債権を有する。
すなわち
1 原告は昭和三七年八月七日被告野崎たまに対し金一四〇万円を弁済期を昭和三八年八月七日、利息年一割五分、遅延利息日歩八銭の約の下に貸付けた。
右元本に対する昭和三七年八月七日から昭和三八年八月七日までの約定利息は二一万円、翌八日から昭和四二年一月七日までの遅延利息は一、〇八〇、八〇〇円となる。
2 被告野崎たまは次の約束手形一通を振出し、原告は現に右手形を所持している。
金額 六〇万円
振出日 昭和三八年五月一三日
満期 同年八月二二日
支払場所 都民信用組合足立支店
振出地 足立区
受取人 白地
3 被告野崎たまは次の約束手形一通を振出し、原告は現に右手形を所持している。
金額 二〇万円
振出日 昭和三九年三月一〇日
満期 同年六月九日
支払地 足立区
支払場所 都民信用組合足立支店
受取人 白地
4 原告は昭和三九年九月三〇日被告野崎たまに対し金二〇万円を貸付けた。
二 そこで原告は昭和四二年一〇月一七日の本件口頭弁論期日において以上の債権をもつて、被告野崎たまの原告に対する差額金返還請求権とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。
第七再抗弁事実に対する被告の認否
原告の再抗弁一の事実はすべて否認する。
第八証拠<省略>
理由
一 原告の請求原因第一項の事実は当事者間に争いがない。
二 成立に争いがない甲第七号証、証人清水七郎の証言、被告土井信義、原告各本人尋問の結果を総合すれば、被告野崎たまは請求原因第一項の手形貸付、手形割引契約に基き、都民信用組合から金員の貸付を受けたが、その返済が遅滞したこと、昭和三九年一〇月被告野崎たまの代理人土井信義と原告および都民信用組合の代理人の三者が相談の上前記手形貸付等の契約に基く被告野崎たまの同組合に対する債務を一、八四九、八〇〇円と確定し、これを原告において弁渡することを約し、原告はこの約束に基き昭和四〇年七月一〇日までに右の債務全額を支払つたことが認められる。
なお、成立に争いがない甲第八号証によれば、原告は昭和三七年八月七日被告野崎たまに対し金一四〇万円を弁済期昭和三八年八月七日の約の下に貸付けた債権者であつたことが認められる。
以上の事実によれば、原告は右の組合に対する弁済により、右組合が被告野崎たまに対して有していた貸金一、八四九、八〇〇円と請求原因第一項掲記の右債務を履行しないときは、右債務の履行に代えて本件建物の所有権を取得することができる代物弁済の予約に基く権利は原告に移転したものということになる。
そして原告が都民信用組合の本件建物について有する所有権移転仮登記について昭和四〇年七月二一日東京法務局足立出張所受付第一九四二九号をもつて移転の付記登記をしたことは当事者間に争いがない。
三 成立に争いがない甲第六号証の一によれば、原告は都民信用組合から譲渡を受けた貸金について被告野崎たまに再三支払を求めたことが認められ、また原告が昭和四一年一月二六日被告野崎たまに対し書面で本件建物についての代物弁済の予約に基く完結の意思表示をし、右書面が翌二七日同被告に到達したことは当事者間に争いがない。
請求の原因第一項の事実は当事者間に争いがなく、成立に争いがない甲第一号証、第二号証の一ないし四と証人清水七郎の証言、被告土井信義本人尋問の結果を綜合すれば、都民信用組合は昭和三七年七月九日前記手形貸付等の契約に基く被告野崎たまの債務担保のため根抵当権と停止条件付賃借権設定の合意をし、その登記(後者は仮登記)を経由したこと、都民信用組合は被告野崎たまの代理人である被告土井信義に対し、右組合としては貸金の返済を確保することが目的で、特に本件建物の所有権を取得することを目的とするものでないと説明して本件代物弁済の予約をしたこと、都民信用組合もこの種契約の取扱いとして債務額の二倍以上の価格の不動産を代物弁済として取得し、そのままとしたことはなく、場合によつては、話し合いで不動産価格と債務額との差額を債務者に返還したこともあることが認められる。
以上の事情を綜合して見ると、本件代物弁済の予約は担保権と同一目的を有するもので、被告野崎たまが貸付金の返済をしないときは、本件建物を換価処分し、その売得金より優先弁済を受けるためにその所有権を取得するが、その取得当時の不動産の評価額が同被告の債務額を超過するときは、その差額を同被告に返還する約と認めるのが相当である。
本件代物弁済の予約が以上の内容のものである以上、右契約が公序良俗に反することはなく、また原告の代物弁済の予約に基く完結権の行使が権利の濫用と目されるべき筋合ではない。
四 次に被告らは本件建物の価格と被告野崎たまの債務額との差額を原告が提供しない限り右建物の移転登記と明渡を拒むと主張するのでこの点について判断する。
本件代物弁済の予約において右の清算の方法につき特段の合意があつたことの主張、立証のない本件では、前述の差額返還請求権は代物弁済に基く給付が現実になされて始めて、当初の契約に内包される清算約束の履行として、又は不当利得の法理により発生するものと解される。
すなわち、代物弁済により債務が消滅したときの本件建物の評価額とその時における被告野崎たまの債務額との差額を考える以外に差額の確定の方法がないから、代物弁済に基く現実の給付があつて始めて差額の返還請求権の有無とその額が確定するものと考えられる。
そして不動産を代物弁済に供した場合、債務消滅の効果が生ずるためには、その移転登記をすることが必要と解されているから、その差額の有無及びその額は本件建物の移転登記をして始めて確定することとなる。
従つて前述の差額返還請求権の発生のためには、まず本件建物の移転登記がなされることが前提であるから、右の差額返還と移転登記とが同時履行の関係に立つということはできない。
仮に債権者が自己の債権額以上の物の給付を要求する場合であるから予じめ約銭に当る差額を用意してするのが相当であるという実質的考慮から差額の返還と移転登記との関係について交換関係を肯定すべきであるという議論をするとしても、代物弁済としての性質上移転登記手続についてまず債務者が履行の提供をした上でないと、その差額の有無、仮に差額があるとしても、その額がいくらであるかは確定の方法がないという外はない。
従つて、本件建物の引渡が差額の返還と同時履行の関係に立つという被告らの主張についても、本件建物の移転登記がない以上、右の差額の有無、ありとしてもその額について立証がないということになる。
以上のとおり、被告らの同時履行の抗弁は理由がない。
五 被告土井信義本人尋問の結果と弁論の全趣旨によれば、被告らは本件建物を占有しているものと認められる。
六 以上により原告は前記代物弁済の予約に基く完結の意思表示により昭和四〇年一月二七日本件建物の所有権を取得したものであるから、被告野崎たまは同日の代物弁済を原因とし、主文記載の仮登記に基く所有権移転の本登記手続をし、また被告らは本件建物を原告に明渡すべきものであるから、原告の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 大塚正夫)